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結婚へのチャンス
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外国の場合
新中国の結婚
中国の結婚式は、この一〇年の問に内容も形式も大きく変わりました。たとえば、
①解放前は貧富にかかわらず、本人の意志は無視されたが、今は周囲の干渉は許されない。
②仲人商売が禁止された。
③竜養娘(貧しい家の娘がロベらしのため、幼いときに他家へ売られ、将来そこの嫁にされる)の禁止。
④未亡人の再婚が自由になった。などです。
結婚まで・・・職場や社会活動で知り合うことが多く、職場の指導幹部や友人などが紹介することもあります。婚約期間は、半年~一年間くらい。両親や親しい友人などには話して、いっしょにいろいろと考えてもらいます。若い二人の自由な結婚をささえているのは、まず、経済的独立。また、両親や年配者の考え方も、このごろ変わってきました。
結婚相手は・・・政治思想や立場のはっきりしている人を選びます。「幸福な家庭を作り、助け合って新社会建設に尽くす」のが二人の結婚の目的。
結婚式・・・どちらかが住む地区の町役場に行き、結婚証明書をもらいます。必ず二人で行き、用意するものは、戸口簿、職場の証明、健康診断書。
区長は、一人一人に結婚を希望するかどうかを尋ねたうえで証書をくれます。結婚証書は薄いピンクで、表紙には中国の国章と「喜」の字を、中に二人の姓名、結婚年月日、自分が望む結婚であることを証明し、裏表紙には婚姻法第三章(夫婦の権利と義務)が書かれてあります。式の費用は、証書の実費三〇円。
披露宴・・・非常に簡素になりました。主になって準備するのは、職場の友人。肉親もいっしょになってしませす。会場は職場の一室など。切り紙細工や草花、くす玉で飾ります。ごちそうは、お茶、あめ、くだもの、ピーナッツなど。集まるのは、職場の人々と肉親たち。必ず職場の指導幹部が出席してくれます。進行係の開会につづいて幹部の激励のことば、二人のあいさつ、参加者の喜びのことばなどあり、その後はみんなで楽しく遊んだりします。当日の花嫁は、花模様の上着とズボン。二人は大きな造花を胸につけたり、まっ赤な布を肩から斜めにかけたりします。
結婚支度・・・当日の新しい着物やくつのほかには、ふとん一組、シーツ、刺繍入りカバーのかかったまくら一組、かや、茶道具一式、魔法ビンなど。必要な家具は、職場の住宅に、いっさいついています。この支度は、披露宴の費用も含め、一万ー一万五〇〇〇円くらい。(生活費二人で一万円くらい)結婚後も、妻は生家の姓を名のっています。新中国では、夫のことも妻のことも共通して「愛人」と呼びます。
ドイツ娘の結婚支度
ドイツの若い人たちは、結婚のために非常に熱心に貯金をします。結婚は両親の援助をたよらないという考え方です。たとえば、いよいよ結婚することになったある娘さん(二十一才、月給三〇〇マルク、生活費一ヵ月二五〇マルクくらい)の場合は、驚くほど服装などをきりつめて、将来へ向けてせっせと貯金します。彼女の服装は、夏はワンピース三枚、ダンス服一枚。春秋冬は皮ジャンパー一枚、チェックのスカート一枚、(五〇マルクくらいの上等品)ズボン、セーター。これだけです。数は少ないが質がよいこと、実によく手入れすることで、非常に長持ちさせて着ます。また、ドイツ娘は、ナプキンやテーブルクロスなどはもちろんのこと、じゅうたんまで手作りして、結婚に備えるのです。毎日職場からもどると、時間をきめて、根気よくこういうものを作ります。結婚までに月賦で一つずつ家具をそろえていきます。二人の計画的な準備は驚くばかり。貯金といえば、家を新築したい若夫婦が、別居して職場の寮へ入り、生活費を切りつめて、建築費を貯金していた例もありました。若い女性は目立つ化粧をいっさいしませんが、結婚式のときも同じです。結婚式は教会でし、そのあとレストランの一室を借りて、にぎやかにダンスをしたりする場合もあり、教会からすぐ旅行に出発する人たちもいます。一〇日間くらいもかけで、オーストリア、イタリア、フランスなどへ行き、もっと予算があればイギリスなどへも行きます。(岡田陽子ギーセン大学栄養学研究所に留学)
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